アカデミア・サバイバル―「高学歴ワーキングプア」から抜け出す (中公新書ラクレ)電子ブックのダウンロード
アカデミア・サバイバル―「高学歴ワーキングプア」から抜け出す (中公新書ラクレ)
によって 水月 昭道
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アカデミア・サバイバル―「高学歴ワーキングプア」から抜け出す (中公新書ラクレ)の詳細
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典型的な「自分が成功しないのは自分の無能のせいではなく評価する側が悪いのだ」説。優秀すぎると嫉妬で採用されない?んなアホな。これは逆に言えば、今専任の教員はすべて「さして優秀でない」ということになるはずだが、本気で著者はそう思っているのか?確かに「え?」というような人が専任だったりすることはあるが、すべてではない。なぜすべての研究者(一部にはいるかもしれないが)がねたみで優秀な応募者を落とすようなそんな品性だと思うのか。本気で大学の将来を考えている人だっているし、優秀な研究者が入ってくることでみずからの刺激になると考える人だっているだろう。そのような推論はたんに著者自身の嫉妬深い性格が反映されたものに過ぎない。こういう「言い訳」はどのようにでも言えて、たとえば本書の主張とは真逆の「近年の業績主義のせいで、質の悪い論文を量産するやつが専任になって、数は少なくとも質のいい論文を書いているやつが専任になれない」などと言う人間もいるのである。そして彼は彼で,自身の経験から語っているのである。また,「自分のテーマが今の主流でないから」などという「言い訳」もある。要するに、彼らは自分のプライドを守ることのできるような「事実」しか見えないのだ。(どうでもいいが、ういうことを言う人たちは、将来的に専任になれてしまったら今度はどう言うのだろうか?自分を専任にしてくれた大学には「たまたま」自分の優秀さを理解してくれるすばらしい人たちがいたということなのだろうか?)このように、一部の自分に都合のいい例を取り上げて、まるでそれがすべてであるかのように語るという、学者にあらざるべき態度をとっている時点で、著者は自分が専任につけないのは、環境のせいではないということを認識した方がいい。ていうか、こういうこと書いてよく恥ずかしくないよな。それが不思議。唯一データをもとに述べているサバイバル法が「学振をとること」なのだが、これって、それまでの著者の説をすべて覆すものじゃないの?だって、優秀じゃないと学振採れないでしょ。確かに、まったくコネや運やが作用しないとはいわないが、繰り返すが、それがすべてではない。やはり、優秀な研究者はかなり高い確率で専任の職を得ていることは事実だと思う。若い研究者はこのようなそれこそ(専任になれない)嫉妬にまみれた主張を信じずに地道に業績を積んでいってほしい。ただ、業績とは論文の「数」だけをいうのではなく、「質」も重要だということは念頭に入れておくべきだ(その辺を混同するから、上記のような「不満」が生じる)。評価できる点としては、文科省の愚かな「大学院重点化」の犠牲になった若者たちがいることを世に知らしめた点か。生半可なことではアカポスにつけないのは本当のことなので、院に進もうか悩んでいる若者は読んだ方がいいかもしれない。また、志を持った論文を書くこと、今一度「なぜ自分が研究者になりたのか」を自問することが大事だというのも賛同する。そしてだからこそ、懇親会で媚を売ったり、業績をわざと減らしたりなどする必要はないのだ。(ただし、懇親会に出席するのは「研究者との交流」という文字通りそのままの意味で重要であるとは思う)
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